大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和61年(ワ)6442号 判決

原告

エル・ラパン株式会社

右代表者代表取締役

佐久間巌

原告

佐久間巌

右両名訴訟代理人弁護士

保田眞紀子

中村幾一

被告

株式会社ワールドグローリー

右代表者代表取締役

高田光則

右訴訟代理人弁護士

大石徳男

主文

一  被告は原告佐久間巌に対し、金一五五八万八〇六六円及びこれに対する昭和六一年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

二  原告佐久間巌のその余の請求及び原告エル・ラパン株式会社の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告佐久間巌と被告との間においてはこれを四分しその一を被告の負担とし、その余は原告佐久間巌の負担とし、原告エル・ラパン株式会社と被告との間においては原告エル・ラパン株式会社の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告エル・ラパン株式会社(以下「原告会社」という。)に対し六六〇万四〇四四円、原告佐久間巌(以下「原告佐久間」という。)に対し六八六五万五三三三円及び右各金員に対する昭和六一年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  本件フランチャイズ契約

(一) 被告は、昭和五七年ころ、ケーキ・イタリア料理等を扱う「イタリアン・トマト」という名称の飲食店を自ら経営するとともに、右名称によるフランチャイズ・チェーン(以下「本件チェーン」という。)を組織していた株式会社である。

(二) 原告会社と被告は、昭和五七年八月一九日、要旨左記の内容のフランチャイズ契約(以下「本件フランチャイズ契約」という。)を締結した。

ア 原告会社は、本件チェーンに加入し、東京都豊島区北大塚二丁目二番五号所在の晴和ビル一階において、「イタリアン・トマト大塚店」の名称で店舗(以下「本件店舗」という。)を開業、運営する。

イ 被告は原告会社に対し、被告の登録商標等の使用を許諾し、その使用方法、店舗・看板の設計等、商品の仕入れ、販売・サービス方法など、本件店舗の営業に関する全てのノウハウを提供し、経営指導を行う。

ウ 原告会社は被告に対し、本件チェーンへの加入金として四五〇万円、ロイヤリティーとして毎月の売上金の三パーセント、広告協賛金として同一パーセントを支払う。

(三) 原告佐久間は、右同日、被告に対し、原告会社が本件フランチャイズ契約に基づき負担する一切の債務を原告会社と連帯して保証することを約した。

2  本件店舗の資金借入

原告会社は、本件店舗の開業・運転資金のため、左記のとおり金員を借り受け(下記(一)ないし(四)の各借受金債務を、以下順に「本件(一)の借受金債務」ないし「本件(四)の借受金債務」といい、これを総称して「本件借受金債務」という。)、原告佐久間は、各借受日のころ、本件借受金債務を原告会社と連帯して保証した。なお、本件(一)の借受金は、当初の借受目的は本件店舗の開業・運転資金ではなかったが、昭和五七年七月ころの残金二三四万円の弁済資金を本件店舗の開業資金に充てたので、右金額については、開業資金としての借入と同視すべきである。

(一) 借受日 昭和五六年六月二三日

借受先 国民金融公庫

借受元本 三〇〇万円(昭和五七年七月ころの残金二三四万円)

返済方法 別表(一)のとおり(支払日毎月末日)

(二) 借受日 昭和五七年八月一九日

借受先 東京富士信用組合

借受元本 五五〇〇万円

科目 証書貸付

返済方法 別表(二)のとおり(支払日毎月七日)

(三) 借受日 昭和五七年一二月一七日

借受先 国民金融公庫

借受元本 六〇〇万円

返済方法 別表(三)の①、②のとおり(支払日毎月末日)

(四) 借受日 昭和五八年一月二四日

借受先 東京富士信用組合

借受元本 一五〇万円

科目 手形貸付

返済期日 昭和五八年七月三〇日

3  原告会社は、昭和五七年一一月四日、本件店舗を開業したが、営業不振のため、昭和五八年七月一日から被告が本件店舗の経営委託を受けて営業を行うことになり、その被告による営業も昭和六〇年八月三一日に打ち切られ、閉店した。

4  被告の契約締結上の過失

(一) 被告は、本件フランチャイズ契約の締結に先立って、原告会社に対し、本件チェーンに加入すれば間違いなく成功し、高収益を上げることができるなどと説明し、また、本件店舗の開業資金は総計五八七一万円だけであること、その営業により一か月一〇四九万八〇〇〇円の売上、同一五四万三〇〇〇円の利益を上げることができることなどを記載した事業計画書(以下「本件事業計画書」という。)を交付したので、原告らは、被告の右説明及び本件事業計画書を信頼して本件フランチャイズ契約を締結し、又はこれについて保証したのである。

そして、本件フランチャイズ契約は、被告が加盟店の経営に関する一切の指導の責任を負い、加盟店はこれに全面的に依存する内容であり、実際にも、原告らは、本件店舗のような営業内容については全くの素人であった。

以上の本件フランチャイズ契約の締結に至る経過及び本件フランチャイズ契約の内容等からすると、被告は、本件フランチャイズ契約締結前の準備段階において、特に本件事業計画書の作成に際し、店舗の立地を十分調査・分析したうえで、本件店舗の営業に要する経費、予想される収益等を適正に算出し、原告会社及び原告佐久間に対し、契約締結に関する判断を誤らせないよう注意すべき信義則上の保護義務を負っていたというべきである。

(二) ところが、本件店舗開設に関する被告の説明及び本件事業計画書には、以下の重大な誤りがあり、被告の右保護義務違反は明らかである。

(1) 被告は、競合店の検討などの本件店舗の立地調査を尽くさず、原告らに対しても、本件店舗において経営が成り立つかどうかの具体的な判断資料を示すことなく、単純に強気の見通しを告げたに過ぎなかった。さらに、本件事業計画書において、予想売上を一か月一〇四九万八〇〇〇円と過大に算出したが、本件店舗の現実の売上は、最高でも一か月七七七万五四八〇円に過ぎず、赤字経営を脱却できなかった状態であり、右予想売上の算出が誤りであることは明らかである。

(2) 被告は、当初本件事業計画書において、本件店舗の内・外装工事等の費用として約二八〇〇万円を予定していたが、昭和五七年一〇月ころ、投資計画を約九〇〇万円増額修正した。右修正は、被告が、本件事業計画書の内・外装費の見積等を誤ったために生じたものである。

(三) ところで、被告が右保護義務を尽くしていれば、原告らは、本件店舗における営業は採算が合わないことを容易に知ることができ、原告会社としては、本件フランチャイズ契約の締結、本件店舗の開業・運転資金の借入を、原告佐久間としては、その保証をしなかったはずである。

ところが、原告らは、被告の説明及び本件事業計画書を信頼して本件フランチャイズ契約を締結し、そのための資金を借り入れ、又はその保証をしたため、本件店舗の営業によって右借入れによる投下資本を回収することもできないまま閉店し、本件各借入金債務を、次のとおり、自己資金により返済せざるを得なくなったのであり、被告の右保護義務違反により、原告らは右返済金額相当の損害を被った。

(1) 原告会社による返済(合計六六〇万四〇四四円)

ア 本件(一)の借受金債務について、別表(一)の昭和五七年八月分から昭和五八年六月分までの合計八一万五〇五六円

イ 本件(二)の借受金債務について、同表(二)の①の昭和五七年九月分から昭和五八年一月分まで及び同②の昭和五八年二月分から同年七月分までの合計五二四万八〇〇三円

ウ 本件(三)の借受金債務について、同表(三)の①、②の各昭和五八年一月分から同年六月分までの合計四七万四七四一円

エ 本件(四)の借受金債務について、利息、印紙代計六万六二四四円

(2) 原告佐久間(合計六八六五万五三三三円)

ア 本件(一)、(三)の借受金債務について、計四三四万九〇五五円

イ 本件(二)の借受金債務について、六二四一万六二七八円

ウ 本件(四)の借受金債務について、一八九万円

5  債務履行引受契約とその不履行

(一) 原告会社と被告は、昭和五八年六月一一日、本件店舗について、経費は被告が支弁し収益は被告に帰属する約定で、被告に同年七月一日以降経営を委託することを合意したが(以下「本件経営委託契約」という。)、その際、被告は原告会社及びその連帯保証人である原告佐久間に対し、本件(一)、(三)の借受金債務のうち同年七月以降に弁済期が到来する分、本件(二)の借受金債務のうち同年八月以降に弁済期が到来する分及び本件(四)の借受金債務について、履行を引き受けることを約した。

(二) しかし、被告は、本件(一)、(三)の各借受金債務につき各昭和五八年七月分から昭和六〇年七月分までの返済金を、本件(二)の借受金債務のにつき合計二三七万六一三二円(昭和五八年八月分から昭和五九年一月分までの利息相当分)を、それぞれ支払っただけで、その余の返済をしなかった。

(三) 原告佐久間は、被告が本件履行引受契約を履行しなかったため、本件借受金債務(その連帯保証債務)の期限の利益を失い、昭和六〇年八月一五日ころ、前記4(三)(2)のとおり、本件各借受金債務の残元利金合計を一括返済したのであり、被告の履行引受契約の不履行により、原告佐久間は右返済金額相当の損害を被った。

6  よって、被告に対し、原告会社は、契約締結上の過失に基づく損害賠償として六六〇万四〇四四円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月三〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、原告佐久間は、契約締結上の過失又は本件履行引受契約の不履行に基づく損害賠償として六八六五万五三三三円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六一年五月三〇日から支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払いを、それぞれ求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1は認める。

2  同2は不知。

3  同3は認める。

4  同4(一)のうち、被告が原告会社に対し、本件事業計画書を交付したことは認め、その余は否認ないし争う。

原告らは、本件店舗の立地等を自らの判断で決定したのであり、飲食店経営の経験もあるから、その判断能力を十分有していた。また、本件チェーンの加盟店は、自己の責任においてフランチャイズ契約を締結し、店舗を経営するのであり、原告らの主張する保護義務は存在しない。

同(二)のうち、本件店舗の売上状況は不知、その余は否認する。

被告は、本件事業計画書の作成に際し、本件チェーンの標準的仕様に基づき投資計画を算出し、立地条件、本件店舗周辺の土地柄、人口、競合店の数及び営業状況を調査したうえ、本件店舗に類似する本件チェーンの他店の売上実績を参考にして、損益計画を算出したのであり、必要な調査、分析は尽くした。売上不振は原告らの営業努力の問題である。

同(三)のうち、原告らによる本件借受金債務の返済は不知、その余は否認ないし争う。

5  同5(一)のうち、本件経営委託契約の締結は認め、履行引受契約の締結は否認する。

同(二)のうち、被告が原告ら主張の金員を返済したことは認める。

被告が本件借受金債務の一部の支払いをしたのは、将来の求償を予定した立替払いであり、原告らに同情してなしたものに過ぎず、原告らの債務の履行を引き受けたのではない。仮に、履行引受に基づくものであるとしても、その支払原資は本件店舗の売上から充てることが予定されており、引受は右売上から諸経費を控除した残額の限度にとどまっていた。

同(三)のうち、原告佐久間による本件借受金債務の支払いは不知、その余は否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1、3はいずれも当事者間に争いがない。

二同2(原告会社の本件店舗のための資金借受け)の事実は、〈証拠〉によって認めることができる。

三契約締結上の過失について

1  まず、原告らは、契約締結の準備段階において、契約締結に関する判断を誤らせないよう注意すべき信義則上の保護義務があると主張するので判断する。

一般に、契約締結のための交渉に入った当事者間においては、一方が他方に対し契約締結の判断に必要な専門的知識を与えるべき立場にあるなどの場合には、契約締結前であっても、相手方に不正確な知識を与えること等により契約締結に関する判断を誤らせることのないよう注意すべき保護義務が信義則上要求される場合もあり得ると解される。

そして、〈証拠〉によれば、原告会社は本件チェーンに加入しようとしていた者であり、本件チェーンにおける店舗の設計・施行(業者の指定を含む。)、材料の仕入れ、商品化の方法、サービス方法等営業に関する一切のノウハウは被告が独占的に有し、加入店はこれらの点に関し被告の指示に従うとされていたこと、したがって、原告らとしては、本件フランチャイズ契約又はその保証契約締結の判断をするに際し、被告から本件チェーンに関する適正な情報を得ることが不可欠であったことが認められ、以上によれば、本件においても右保護義務を認める余地はあると解される。

2 しかし、〈証拠〉によれば、原告らと被告は、昭和五七年六月ころから原告会社が本件チェーンに加入するための交渉を開始し、被告は原告らに本件チェーンの概要説明をするとともに、開業地の選択を進め、間もなく本件店舗が候補の一に挙がったこと、そこで、原告ら及び被告は本件店舗を実際に訪れて付近の様子を見聞し、契約条件を他の候補地と比較検討し、さらに被告は、統計資料等を収集してこれに基づき、付近の人口(男女比、年齢構成等)、最寄駅の乗車人員、近隣学校・企業、競合が予想される他店等を調査し、原告らも、本件チェーンの他店舗の状況を見聞するなどして、本件フランチャイズ契約締結の準備を協同して進めたこと、その結果、原告ら及び被告の双方において、本件店舗は保証金額、立地等を総合するときわめて好条件であるとの判断が一致し、原告らは、同年七月末ころまでには本件店舗を開業地として本件フランチャイズ契約を締結する意思を固め、金融機関から開業資金の融資の内諾も得たこと、そして、原告会社は、同年八月二日には被告に契約申込金五〇万円を支払い、同月五日には本件店舗の家主である訴外高橋泰との間で本件店舗の賃貸借契約を締結したこと、被告は、同月九日、原告らに対し本件事業計画書を作成し提出したが、本件事業計画書の作成に当たり、前記の立地調査に基づき、本件チェーン加盟店のうち本件店舗に比較的類似した環境にある店舗(イタリアン・トマト下北沢店、同吉祥寺店、同調布店等)の営業実績を考慮して予想売上を設定したこと、本件事業計画書は、直接には原告会社が金融機関の融資に関する稟議を得るための資料として作成、交付されたものであること、本件フランチャイズ契約は同月一九日に締結されたこと、以上の事実を認めることができる。

右認定事実によると、被告は、本件店舗の立地調査及びこれに基づく売上の予想に関し、信義則上要求される相当の注意義務を尽くしており、本件フランチャイズ契約締結の最終的な判断は、本件事業計画書の交付を受けた時より前に原告会社代表者たる原告佐久間の責任においてなされたと認めることができる。

なお、原告らの指摘する予想売上と実際の売上との格差については、その原因が、原告らの主張するように、被告が立地調査を尽くさなかったために過大な売上を設定したことにあると認めるに足りる証拠はなく(なお、本件店舗は、国鉄大塚駅から徒歩二分程度の至近距離にある。)、立地調査をさらに重ねれば現実の売上に近い数字を算出しえたともいえない。

なお、被告は原告らに対し、「トマト(被告の登録商標)の看板を出せば、コージーコーナー(競合が予想された店舗)の方がつぶれてしまう」などと多少楽観的な説明をしたことが認められるが(原告佐久間巌本人尋問の結果)、この程度の誇張は、原告らの本件フランチャイズ契約締結に関する判断を誤らせるような内容ともいえず、通常の取引社会の駆け引きとして許容される範囲内と認められ、前記保護義務違反を構成するとはいえない。

3 次に、原告らは被告の投資計画の誤りを主張するので、検討する。

〈証拠〉によれば、たしかに、内・外装費用(設計監理料を除く。)については、本件事業計画書において二八二九万円の予定であったところ、実際の支出は三二〇〇万円であり、三七一万円の増額をきたしているが、他の投資項目については本件事業計画書の予定額よりもむしろ減額されたもの(例えばケース類について二八〇万円から二四一万円に、厨房設備関係が三五〇万円から三一〇万円に)もあることが認められ、投資計画全体について被告に保護義務違反を構成するような誤りがあったとは認めることができない。また、右2認定事実に照らせば、右投資計画と、原告らが本件フランチャイズ契約を締結し、又はその保証をし、その結果損害を受けたこととの因果関係も認めることができない。

4  以上により、契約締結上の過失に関する原告らの主張は認められない。

四履行引受とその不履行について

1  原告会社と被告が、昭和五八年六月一一日ころ、本件経営委託契約を締結したこと、被告がこれに基づき、同年七月一日から昭和六〇年八月三一日までの間、本件店舗における営業を行ったこと、その後、被告が本件借受金債務の一部を原告会社のために弁済したことは、いずれも当事者間に争いがない。

そして、右事実並びに〈証拠〉によれば、被告が本件経営委託契約に際し、原告らとの間で、本件借受金債務について、なんらかの支払約束をしたことは明らかである(なお、〈証拠〉によれば、被告は、昭和五八年六月二一日、原告らから本件借受金債務に関する借用証書、返済明細表等の必要書類の写しの交付を受け、その後、本件借受金債務の債権者らに対し、本件借受金債務は被告が支払う旨を告げ、実際にも本件借受金債務の一部は原告会社のために弁済をし、また、債権者と支払猶予の交渉などもしたことが認められる。)。

しかし、証拠に照らしても、原告ら及び被告間で、右支払約束の内容についての明示の合意があったとは認めることができず、その内容は、当事者の合理的な意思を推測して判断するほかない。

2  〈証拠〉によれば、①本件(一)ないし(三)の借受金債務は本件店舗の開設のための初期投資に充てる資金として借り受けたものであるが、本件(四)の借受金債務は、開業後の運転資金のための借入れによるものであること、②被告は、本件店舗の経営委託を受けるに当たり、原告会社の投資に係る全ての設備、備品等をそのまま引き継いで使用し、新たな設備投資はしなかったこと、③本件経営委託契約において、家賃、人件費、光熱費等の諸経費は被告が負担し、売上も全て被告が取得するとされており、原告らの取分は皆無であったこと、④原告会社と被告は、本件経営委託前に発生した原告会社の買掛金については、被告がこれを立て替え、後日原告会社が被告に返済することを合意したが、その合意においても特段本件借受金債務に関する定めはしなかったこと、以上の事実を認めることができる。

3  右の事実関係の下においては、開業資金のための借受金の返済については、その投資に係る設備等を使用し、売上を全て取得する被告において、経営委託中に弁済期が到来する分の履行引受をしたと認めるのが通常の当事者の意思に合致するというべきであり、それにもかかわらず、被告が本件借受金債務を引き受けないのであれば、その旨の明示の約束ないし少なくとも原告らに本件店舗による収益以外に右債務の弁済に充てるための資金源があり、その弁済ができることの共通認識が前提となると解されるが、これらの事情を認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告は、本件各借受金債務の主債務者である原告会社及びその連帯保証人である原告佐久間に対し、本件(一)ないし(三)の借受金債務のうち経営委託期間中に弁済期が到来する分についての履行引受を約したと認めるのが相当である(ただし、本件(二)の借受金債務の昭和五七年七月分については、経営委託期間中に弁済期が到来するものであるが、原告会社は、これを自ら弁済しており、原告佐久間はその債務引受を主張していない。)。

これに対し、本件(四)の借受金債務は、原告会社が運転資金として借り受けたものであるが、前記④の買掛金についての扱い(立替金扱い)は、経営委託前に発生した営業運転のための債務は専ら原告会社が負担し、被告はこれを承継しないとの趣旨のものと解されるから、これに徴すれば、本件(四)の借受金債務については、被告がその履行を引き受ける旨の合意が成立したと認めることはできない。

4  なお、〈証拠〉によれば、被告が本件経営委託を受けたのは、原告らが昭和五八年六月ころ売上不振のため営業継続の意思を失い、本件店舗の売却を望んだため、適当な買主が見つかるまでのおおよそ一年後までを目途にした暫定的な措置であることが認められ、この点ではフランチャイザーである被告の恩恵的な措置という側面は否定できないが、前記認定事実に照らすと、前記支払約束が被告の主張するような立替払いの約束に過ぎないと解することはできない。また、右履行引受契約はその支払いの原資を本件店舗の売上による収益に限定したものであったとの被告の主張は、証人管野博の証言に照らして採用できず、他にこれを認めるに足りる証拠もない(もっとも、後記認定のとおり、被告においてその売上の状況に応じて本件借受金債務の弁済方法の変更を金融機関と交渉する余地は認められていたと解される。)。

原告佐久間は、本件借受金債務の残額すべてについての履行引受を主張するようであるが、本件店舗の営業譲渡がなされたような場合は格別、被告は本件店舗を売却するまでの暫定的な処置として経営委託を受けたに過ぎないのに、残債務全額の履行を引き受けたと考えるのは不合理といわざるを得ず、またこれを認めるに足りる証拠もない。

なお、〈証拠〉によれば、本件(二)の借受金債務については、被告が富士信用組合と交渉して、支払方法を別表(二)②から同表③のとおりに変更したことが認められるところ、前記認定の本件履行引受の趣旨及びその合意成立の事情に照らせば、被告には本件店舗の経営状態に応じ金融機関と本件借受金債務の弁済方法について交渉してこれを変更する余地が与えられていたと認められる。したがって、被告はその変更されたところによって履行をすれば足りるというべきである。

5  以上を整理すると、結局、被告が原告佐久間との関係で負担すべき債務は、本来本件(一)、(三)の借受金債務については各昭和五八年七月分から昭和六〇年八月分まで、本件(二)の借受金債務については別表(二)③の昭和五八年八月分から昭和六〇年八月分までであったと解される。

本件(一)、(三)の借受金債務については、被告がこのうち昭和六〇年七月分までを弁済したことは当事者間に争いがない。そして、その同年八月分については、〈証拠〉によれば、原告佐久間はその履行期到来前の同年八月中旬ころ、国民金融公庫に対してこれを残元利金とともに自発的に弁済をしたことが認められる。このような事情の下では右八月分については履行引受債務の不履行があったとはいえず、結局本件(一)、(三)の借受金債務については被告はその引受債務を全て履行したと認められる。

他方、本件(二)の借受金債務については、被告が別表(二)③の昭和五八年八月分から昭和五九年一月分までの合計二三七万六一三二円を支払ったことは当事者間に争いがないが、その余の弁済に関する主張立証はない。したがって、被告は、本件(二)の借受金債務の昭和五九年二月分から昭和六〇年八月分(〈証拠〉によれば、同債務についても、原告佐久間が昭和六〇年八月二六日ころ残元利金を返済したことが認められるが、その履行期は毎月七日であるから、右弁済当時すでに被告に同年八月分までの債務についての履行引受債務の不履行が発生していた。)までの計一五五八万八〇六六円の履行を怠ったことになり、右履行引受契約の不履行による損害賠償責任は免れない。

そして、原告佐久間が、昭和六〇年八月中旬ないし下旬ころ、本件借受金債務の連帯保証人として、被告が履行を引き受けながら弁済をしなかった前記不履行分を含む本件借受金債務の残額全額を一括して弁済したことは前記認定のとおりであるから、原告佐久間は、被告の履行引受債務不履行により、右不履行額一五五八万八〇六六円の損害を受けたと認められる。

五よって、原告佐久間の請求は一五五八万八〇六六円及びこれに対する昭和六一年五月三〇日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからこれを認容し、原告佐久間のその余の請求及び原告会社の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項を、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官稲葉威雄 裁判官山垣清正 裁判官宮坂昌利)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例